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2014年10月 5日 (日)

世界遺産 龍安寺 石庭

龍安寺は室町時代の1,450年、細川勝元によって創建された。石庭の広さは幅22m、奥行10m程(約75坪。25mプールとほぼ同じ大きさ)の敷地に白砂を敷き詰め、帚目を付け、15個の石を一見無造作に5か所、点在させただけのシンプルな庭である。一見無造作に石を配置したかのような石庭は、水を用いることなく、石と砂のみを使い、清冽な水景色を表現した枯山水。最大の特徴は、「水を感じさせるために水を抜く」ということで、水を見立てられるようなものを作る。白砂も大海をイメージし、岩は島というより山である。簡素を極めたその姿は、まさに東洋的神秘とも言える。そして、この神秘の庭と、名画モナ・リザが見えない糸で結ばれていたという説も有る。モナ・リザの肌は赤みがかっており、背景の山は青く霞んでいる。ダ・ヴィンチは色の効果を利用して、絵の中に驚くべき奥行きを表現していると言われる。名画モナ・リザは、この特性を巧みに利用したものであるとされている。わずか75坪の石庭が実際より広く見える理由は、見る者の錯覚を巧みに利用した仕掛けにあり、それはモナ・リザとも共通する高度な遠近法。
さらに、遠近法のもう一つの謎を解く鍵は、庭を囲む油土塀で、庭の奥に行くほど塀の高さが低くなっており、その高低差は最大50cm。手前側は高く、奥は低くするというトリックによる目の錯覚で、庭は実際より広く見える。それに、一見、無造作に置かれた15個の石。その中で最も大きいのは東側の入り口付近に置かれたもの。次に大きいのが方丈(本堂)から見て一番手前に置かれた石。庭を見る人に近い石を大きくすることで遠近感を強調している。さらに、手前に置かれた大きな石は赤みがかっていて、奥のほうの石は、青みがかったように見える。赤は膨張色、青は収縮色という色の特性から、手前に置かれた大きな石はより大きく見え、遠くの石はより遠くに見えるという。
さらに、15個の石は、庭をどちらから眺めても、必ず1個は他の石に隠れて見えないように設計されているという。しかし、中の部屋から1ヶ所だけ15個の石、すべてが見える位置がある。それは方丈の間の中心であり、15の石の配置は、ここを根元とする「二分岐構造」になっているという。ただし、この程度の面積の庭に15個の石を並べれば、そのうちの1つは隠れて見えなくなるのはむしろ当然のことだとする意見もあり、これを表現意図とする考え方には賛否両論がある。なお、東洋では十五夜(満月)にあたる15という数字を「完全」を表すものとしてとらえる思想があり、15に1つ足りない14は「不完全さ」を表すとされている。また、日本には、日光東照宮の陽明門にみられるように、「物事は完成した時点から崩壊が始まる」という思想があり、建造物をわざと不完全なままにしておくことがある。
さらに龍安寺の石庭には、古来最も美しいバランスであるとされる黄金比の原理が採用されていた。黄金比とは、1対1.618の比率のこと。エジプトのピラミッドやギリシャのパルテノン神殿が独特の安定感を持ち、我々に美しさを感じさせるのは黄金比を計算して建てられているため。
この黄金比と遠近法は、ルネサンス建築ならではの特徴。龍安寺の石庭にはこの2つの特徴が見られるため、ルネサンス建築の流れを汲んだ庭であるという説が浮上している。
石庭が龍安寺に作られたのは、江戸時代初期という説がある。当時はまだ鎖国前で、南蛮貿易が盛んに行われていた時代。ポルトガル人の宣教師などからさまざまな文化や技術が海を越え、日本に伝わった。その時、ルネサンスの造園方法が日本に渡り、日本的な庭に生まれ変わった可能性もあるという。
この庭には近世以来「虎の子渡しの庭」の別称がある。この庭を「虎の子渡し」という中国の説話と結び付ける説も有る。
このように龍安寺の石庭というのは諸説あり、多くの謎に満ちています。

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